[きむ] 本日はインタビューに応じていただき誠にありがとうございます。まず、大平さんについてご紹介いただけますでしょうか?どのような経緯でタイプデザイナーになり、Zenファミリーのプロジェクトを始めることになったのかぜひ聞かせてください。
[大平] ご招待くださりありがとうございます。私は写植でのDTPオペレーターを経験した際に、書体の美しさに触れ、私自身も書体を作りたいと思うようになりました。当時の組版発注者は、印刷、出版、映像、広告関係者でした。製作者によって指定書体に偏りがありましたが、その中でも共通する書体があることを知りました。Zen書体で目指したのは、どのような制作物にも共有できるオールマイティーな書体ファミリーです。そして、読みやすく美しい、息の長い100年続く書体を生み出したいと考えました。
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Zenオールド明朝 |
[きむ] Zenファミリーをリリースした当時の反応はどうでしたか?
[大平] 1997年、ZENオールド明朝-R(Regular)は1ウエイトだけのリリースでした。正直に言うと、当時の反応は殆どありませんでした。しかし、翌年から徐々にデザイナーさん達のコミュニティなどで書体が認知されるようになり、ZENオールド明朝を探し求め、購入者がどんどん増えていったことを思い出します。当時を振り返ると、小さなベンダーがライセンス事業で本当に成り立つのか?とても不安でした。結果的にファミリー化も実現し、ここまで継続できたことは非常に意義のある経験でした。
[きむ] Zenファミリーをデザインする際に、高い可読性を持たせるためにどのようなことを意識しながら制作しましたか?
[大平] 伝統的なものは、親近感が湧くのでわかりやすい。美しいものには、惹かれるので違和感が生まれにくい。そしてメリハリは、強弱などがあり、可読にふさわしい心地よいリズムをつくると考えられます。これらの理由から「伝統的」や「美しい」、「メリハリ」には、質の高い可読性を呼び込む要因があると考えて、意識していました。
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Zenアンチック、ZenアンチックS |
[きむ] 制作の際に、どのようなリサーチなどをされましたか?
[大平] 古い活字や古い書物をよく眺めました。文字の中に味わい深さを感じとり、可読性も感じられました。これらの文字から多くを学び、影響を受けました。私の書体制作の基盤となっています。
[きむ] あのような画期的な書体を古い書物等からお作りになったのは素晴らしいですね。それまでにZenファミリーのような書体が存在してなかった作られなかったのはなぜだと思いますか?現代の技術と研究があれば、Zenファミリーのような書体をもっと作ることは可能だと思いますか?
[大平] 過去の古い活字には高い可読性を持ったオールドスタイルの書体はたくさんありました。私はその古い書体から多くのヒントをいただき作品に反映させてきました。そして、オールドスタイルを重要視して読みやすさを追求した結果、Zenファミリーの「良い可読性」が得られたと思ってます。どこにアプローチするかが大切です。様々な可読性へのアプローチがあれば書体に多様性を育みます。そして、高い可読性を持つ書体がたくさん生まれてくると考えてます。
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Zen丸ゴシック
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[きむ] 今後大平さんの書体を多言語展開をしたいと思いますか?Zenファミリーと似た方向性のほかの日本語書体の中で多言語展開しているものはありますか?
[大平] 文字の拡張や多言語展開はとても有意義なことだと思うので、ぜひ挑戦してみたいです。Zenファミリーに似た他の日本語書体で多言語展開しているものはないと思います。
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Zen角ゴシック |
[きむ] フォントを利用するユーザーのみなさんに、フォントによっていかに「読みやすさ」が変わるかを認識してもらうためには、どんなことができると思いますか?見た目のデザイン的な要素だけでなく、目的や読み手によってフォントの選定基準が変わることをもっと知ってもらうために、わたしたちができることはなにがあると思いますか?
[大平] 私の体験談をお話します。以前、バリアフリーに関わる公共施設のサイン計画について、デザイン会社から相談の依頼がありました。私はZenファミリーフォントを提案しましたが、クライアントはなぜそのフォントが適しているのか詳しく説明して欲しいとのことでした。そこで、私はいかにZen書体が読みやすいか詳しく説明しました。後日、クライアントから「今まで以上に書体と可読性の関係性について理解でき、書体の見方が変わりました」との連絡をいただきました。ユーザーと接するなかで「読みやすさ」について認識されている方は少ないと感じてます。ユーザーや書体デザイナーが気軽にフォントについて相談できる場所の提供や、意見を共有できる仕組みが必要なのかも知れません。
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Zen紅道 |
[きむ] 今現在のフォントやタイポグラフィ業界における課題はなんだと思いますか?
[大平] フォントや書体デザイナーの数が年々増えていますが、記憶に残るデザイン、良い可読性を持つフォントが少ないように感じてます。使われ方、目的、需要などを熟慮し、貴重な時間を惜しみなく使い、制作に挑んで欲しいと思います。フォント制作に挑むには多くの時間を必要とします。書体デザイナーの取り巻く環境、経済的な問題をクリアーできる仕組みも必要ではないでしょうか。
[きむ] 貴重なお時間をありがとうございました。最後になりますが、大平さんの書体やタイポグラフィにおける次の旅はどこに続きますか?
[大平] 今はわかりませんが、たぶん、文字との出会いを大切にした放浪の旅に出るかも知れません。
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大平善道氏のプロフィール写真 |
大平善道
文字組版と向かい合う中で、いつしか書体デザインに携わる。これまで和文23書体、欧文3書体の作品を製作し、代表作は、和文の伝統的な美しさを追求した「ZENオールド明朝Nファミリー」など。現在は印章で用いる古代文字(篆書)に関心を抱き、オリジナルデザインの文字で金属製印鑑を製作している。Zen Fonts
きむみんよん
日韓英トリリンガルのUIUX&タイポグラフィコンサルタント。専門は多言語タイポグラフィ。日本の大手タイプファウンダリにてフォントのプロジェクトマネージャーを経て、現在は個人事務所Em Dash(エムダッシュ)を立ち上げ、様々なプロジェクトに参加している。近年ではGoogle Fontsとの日本語および韓国語のフォント開発、Adobe Creative Cloudの東アジア言語のUXリサーチ&デザイン、D&AD Awards 2021にてタイプデザイン部門の審査委員などに携わっている。タイポグラフィの知識を活かし、フォントの可能性を広げ、より多くの人々に文字とフォントの楽しさを伝えていくことを目標としている。 @mintoming AtypI presentation